エッセイ

「松本城を愛でての祝宴」
それこそ「人は石垣人は城」の継承とも言えるのに

「品格が悪い」とビールフェスティバルを中止させられた無念

松本市が恒例化していた国宝松本城を囲んでの「クラフトビールフェスティバル」が、品格が悪いとの教育委員会の見解で中止になった。ごく一部の委員の反対意見と思われるが、時として対抗できない理屈の持ち主に屈服させられる事がある。
私は今から40数年程前、長野市の北部にある湯谷小学校のPTA会長をしていた。年に1回小学校とは日頃縁の少ない父親を体育館に集めて、ゴザの上での車座懇親会が恒例として行われていた。
当時は新興住宅地で学童の数も市内一と多く、地元育ちではない学童が多かった。従って父親同士が会話する貴重な場となり、広い体育館は毎年満席になる。酒が入ると俄かに親しくなり、子育ての苦労話、自分の育った郷の話に花が咲き、酒宴が終わって別れる時にはすっかり親しい友が生まれていた。酒が入らなければ実現しない後味の良い酒宴でもあった。

ある時この酒宴の準備会で20名程度の役員の母親達が集まった、予算に合わせた肴を何にするか?ビールだけで良いか等活発な話し合いが始まった・・・。
その時新顔のお母さんが立ち上がり「私は元来酒の会には反対です・・・」と切り出した。
酒宴賛成派が圧倒的に多く、主人を学校に行かせるには絶好の機会です。知らない父親同士が腹から話し合えるので大賛成です、是非続けて下さいとの意見が圧倒的だった。
私も進行係としてそんな雰囲気にホッとしていた。賛成派の意見が出そろったと見るや反対の母親が再び立ち上がった。
「どんなに有意義と思える会話が出来たとしても、所詮は酒の上の話でしょ・・・そんな話し合いは意味がありません。何故酒なしでの話し合いが出来ないのでしょうか」熱い会議はバケツで水を掛けられたように静かになり、反論する者は居なかった。私も晩酌が好きで、飲むと愉快になり口が滑るタイプだったので、 「なんで酒が入らなければまともな会話が出来ないか?」に反論することは出来ず中止を決断した。 結局反対した母親の子供さん2名が卒業するまで酒宴は中止となり、父親が学校に集う数は激減した。後で学習した事だが元来「酒の上での話・・・」なる語源は、商人や政治家が約束を破る時に用いて作られた好都合な新語である事が解かった。

今回の松本城での酒宴の中止も、こんな経緯が原因ではなかったか、と体験者として推測している。
酒の歴史は古く、猟が多かった日は家族で焚火を囲んで酒を飲み団欒していた。古代より祝い事、友や家族を失った葬儀には酒を墓前に捧げ、喜びも悲しみにも酒が介入している、即ち人類の文化を育んで来た一翼に酒も貢献している。
戦国の世から平和の現在まで、長い城の歴史を脳裏に浮かべ平和の価値を噛みしめながら、人の輪を造り平和維持の石垣の如く、文化を尊び、歴史を継承する祝い酒がなぜ品格を下げる行為になるのだろうか。多くの人々と杯を交わす程胸襟を開き、本音で語り合う事は。現在の世相の様にコミニティが失われている時代こそ、温かい地域社会を創る必要な催しである。
ビールフェスティバルの場合、時間を区切り「来た時よりも美しく」をモットーに清掃して散会すれば品格の高い集いになる。
「酒の上の話…」は正論に見えるが、楽しい文化の継承と人々による石垣形成に対しては水を差す理屈に過ぎない。悪徳商人や嘘の上手い政治家により創られた事を肝に銘じ、この行事の再開を急いで頂きたい。
フランスやドイツは水道の水が飲めない事もあり、水代わりにビールや、軽いワインを飲みながら重要な会議を腹を割って続けている。
出勤途上、駅で冷たいビールを飲む女性を含む若いサラリーマンの姿は日常的光景になっている。 ヨーロッパを旅すると古城の周りはオープンレストランが多く、愉快にビールを酌み交わす姿は、古代と現代がコラボしたアートの世界にもなっている。
松本市長が少数の意見を無視し、強引に再開しても特定の者に利益を与える忖度ではないので、市長の支持率が上がる事はあっても、下がる事は無いと私は再開を期待している。

2017年8月1日
黒岩陽一郎

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